愛車の価格は1500万円、でも、主食はスティックパン…日本唯一の“シェルビーコブラ”女性オーナーの愛車への献身がヤバすぎた. レトロ万歳!
ノーマルのムスタングは200hp/4400rpmだが、シェルビー・マスタングは同じ排気量から306hp/6000rpmを絞り出している。写真の車の外見は殆どノーマルと同じように見えるがボンネットサイドに「GT350」と入っており、中身は凄いことを割と控えめに主張しているが、この年はどこにも「コブラ」のネームは入っていない。
いわば 現在現実的に購入可能な本物のコブラ言えるでしょう。 4
(1-4)<フォード版 ムスタングGT・シェルビー・コブラ>(1966-70)フォードからエンジンの提供を受けているシェルビーは1965年から「フォ-ド・ムスタング」のハイパフォーマンス版の開発を委託され1966 年「GT350」シリーズを完成させ、67年から「GT500」が加わった。当初は「289」キュービック・インチだったエンジンは67年「390」、68年には「428」が登場した。これらの一連のムスタング・シリーズは「シェルビー」の名は付いているが製造も販売もフォードが行っており、ムスタングに箔をつけるため「コブラ」の名前を利用したとも考えられ、スポーツマインドを持った「シェルビー・コブラ427」とは全く別のコンセプトの車だ。
ベースとなるムスタングは1967年モデルチェンジで顔付きが変わった。最初の写真がスタンダードのムスタングで、次が「シェルビー」仕様だが、ボンネットの先端に大きくエア・インテークが口をあけ、ハイパフォーマンスをアッピールしている。前後に「SHELBY」の文字が入り、あちこちに「コブラ」が顔を出した。
ACコブラのベース車であるACエースは、1953年に発売されたブリストル カーズ製の直列6気筒エンジンを搭載したスポーツカーでした。
ACコブラ289のシャシーにピーター・ブロックがデザインした軽量ボディを載せたこの車は、1964年2月「デイトナ2000km」でデビューし大成功したので、以後「デイトナ・コブラ」と呼ばれる。1965年には「フェラーリGTO」を抑え、GTⅢ部門で「ワールド・マニュファクチャラース・チャンピオン」となっている実力の持ち主である。「デイトナ・コブラ」のエンジンにはフォードV8 289キュービック・インチ(4727cc)が使用されている。ピート・ブロックはキャロル・シェルビーがドライバーをやめて、次のビジネスに取り組んだ時からの強力なパートナーだが、僕個人にとってこの名前は1967年日本GPにエントリーしただけでレースを走らなかった幻の車「HINO SAMURAI」という日野コンテッサをベースにした物凄く格好良かったスポーツカーのデザイナーとしての印象が強く残っている。
ここまで来ると「AC」と「コブラ」の区分けがこんがらかってしまうが、「コブラ427」の発展型「AC428」も、ついでに紹介しておこう。1965年誕生したこの車はシェルビー・コブラと違って英国で生産される。中身は7リッターのコブラをベースにしたものだが、エンジン製造元のアメリカでは「コブラ427」の排気量が1966年から「428キュービックインチ」に変わっているのでそれが使われている。イタリアの「フルア」のデザインで、直線を生かしたすっきりしたボディには、荒々しさはなく上品で街中でも周辺りに気兼ねなく乗れそうだが、性能は「コブラ」と変わらず400馬力のエンジンは最高時速240キロ、SS1/4マイルを14秒で走りきるスーパーカーである。
ゼッケン21番をつけて出場した、本物の「デイトナ・コブラ」だ! 10247.
(写真06-1ab)1954 Colombo-Mariani 1100 (2000-05/ミッレミリア)
2000年のミッレミリアで撮影した「コロンボ」という車だが、残念ながら素性が全く判らない。1940年代フェラーリで後年「コロンボ・エンジン」と呼ばれる傑作を残した設計者「ジョアッキーノ・コロンボ」は、1953年にはマセラティで250Fのエンジンを製作中であり、1955年にはブガッティに移りT251を造っているので、こんな車を作っている暇は無さそうだ。ミッレミリアでは見たことも聞いたこともない謎の車によく出逢うが、中には器用な人が趣味で造ってしまった一品ものまであるから厄介だ。「1100」とあるのでご多分に漏れずベースは「フィアット1100」だろう。念のため1954年と1955年のミッレミリア出走リストで調べたが該当する車名は見当たらなかった。もしかしたら「フィアット1100改」で出ていたかも知れないが・・。
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この車のプロトタイプは1953年のミッレミリアに登場した「アルファロメオ・アバルト-コンレロ2000」で、翌年フィアットV8」のシャシーの載せて「スーパーソニック」として市販された。デザインはサヴォヌッティで「カロセリア・ギア」が作った。写真の車は、このボディをもとに作られ勿論中身は427コブラのスペシャル・チューニングエンジンが載っており、当時「J.Wオートモティーブ・チーム」の花形ドライバー-「ウイルメント」のために造られたワンオフの車だ。
「コブラ 車 本物」の中古車 | 中古車なら【カーセンサーnet】
イタリア車中心のこのイベントに、「コブラ」が参加している。しかしこの場合はそれなりの理由がある。ボンネットを開けると、そこには「フォードV8」ならぬ「赤いヘッドのフェラーリV12」が詰め込まれているのだ。
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(3)<コメット> (米・マーキュリー)1960~
1903年に創立されたフォード・モーター社のラインアップは1960年時点では上から「リンカーン」「マーキュリー」「フォード」となっていた。創立者のヘンリー・フォードは頑固に実用一点張りでT型を造り続けて来たが、1922年息子のエドセルの意見を入れて高級車「リンカーン」を買収し、高級車と大衆車の2本立てとなった。しかし1930年代になるとライバルのGMは「ビュイック」「オールズモビル」「ポンティアック」、クライスラーは「デソート」「ダッジ」、その他独立系でも「ナッシュ」、「ハドソン」、「スチュードベーカー」など、中級車クラスが市場を占める割合が大きくなった。出遅れたフォードには追いつくために適当な買収先が見つからなかったのか、1938年新しく創設されたのが「マーキュリー」で、戦後の1949 年専用のボディが提供されるまではフォードと同じスタイルに一回り大きいエンジンを積んだものだった。しかし1950年代に入ると大型高級化が進み、大衆車フォードの兄貴分だったマーキュリーはいつの間にか高級車リンカーンの弟分と化した。1960年前後になると大きくなりすぎたことへの反省から各社から1930年代に近いサイズに小型化された、いわゆる「コンパクトカー」が発売され、フォードは1959年から「ファルコン」が投入され、翌1960年からマーキュリー」には「コメット」が誕生した。
本物でした。 #シェルビーコブラ ACコブラ #スーパフォーマンスコブラ ..
(写真02-8a) 1965 AC Cobra 427 (1968-03 東京レーシングカー・ショー/晴海)
1968年には早くも日本で「コブラ」を見ることができた。東京レーシングカー・ショーで「レーシング・メイト」のコーナーに展示されたのが、多分我が国では最初に一般公開されたものだろう。レーシング・メイトは自動車のチューニングやそれらのパーツを販売するショップとしてはパイオニア的な存在で、「Van ジャケット」と姉妹関係にあり、レース活動は式場壮吉氏に代表される。
車は欧州車を中心に大衆車から高級車まで幅広く集まってくる。その中から今回はスーパーカー ..
ロールバーを装備し、オイルクーラーが見える、かなりやる気のこの車は、右ハンドルなのでイギリス国内向けのようだ。後ろにずらりと立てかけてあるボディは、木型から叩き出した完成品。
ACコブラ(ACカーズ)の中古車一覧。ACコブラ(ACカーズ)の車両情報なら【みんなの中古車 ..
1960年誕生したてのマーキュリー版コンパクトカー「コメット」で、エンジンの6気筒 2364cc は、フルサイズのマーキュリー・モンテレー5110cc、モントクレア7043ccに較べれば、半分以下、1/3以下なのでアメリカとしてはずいぶん小さいと感じる排気量だ。ホイールベースの114インチは約3010ミリで、初代トヨペットクラウンの2530ミリに較べればかなり大きい。生まれたての「コメット」のグリルはフルサイズの凹型曲面モチーフから転用したものだ。場所は虎の門病院の前で、隣がアメリカ大使館なので最新のアメリカ車を見つけるには絶好の場所だった。
このコブラの正体は スズキ カプチーノ!! 本物のコブラの起伏やカーブをより強める前後のフェンダーの張り出し具合など
実はこのコブラを買う以前から、スポーツ系の車に乗っていたんですよ。最初に買ってもらった車はスイフトスポーツで大学生の頃でした。本当は自分でS2000を買いたかったのですが、父が「一人娘にそんな危ないマネさせられるか、ワシが買うたるからこの中から選べ」とカタログを出してきて。デミオとかフィットとかコンパクトカーを並べられ、もはやスイフトスポーツしか選択肢がないような状態でしたね。
カーボン製ボディにフォードの5.0L V8 ACコブラが現代技術で復活! 663psの試作車へ試乗
ダッシュボードにコブラの生みの親「Carroll Shelby」のサインが入っている所にご注目を。この車はテンガロンハットをかぶった似顔絵が入ったトレーラーの近くに止まっていたので、サインは間違えなく本物だ。ナンバープレートは「7リッターのスネーク」だって(笑)。
シェルビーアメリカン 427 S/C コブラ | 泰之のプラモ館
アメリカ車の通例として毎年モデルチェンジが行われ、この年からフルサイズ・モデルとは全く関係ない独自のグリル・デザインが与えられた。場所は虎の門の交差点近くにあったフォード系ディーラー「ニューエンパイア・モータース」の前で、リンカーン、マーキュリー、フォードの看板が見えるが、ここでは最新モデルが見られるので土曜日の午後仕事が終わってからよく足を運んだ場所だ。(僕が現役だったころは週休2日制になる前で、土曜日は半日仕事をしていた。)
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車を停めて写真を撮っていると、子どもたちがやってきて、「これ本物の車?!
「コブラ」はアメリカに沢山棲息しており、特にカリフォルニアのイベントでは必ず顔を出す。毎年8月開催されていた「コンコルソ・イタリアーノ」は名前の通りイタリア車が中心のイベントで、会場のステージではカンツォーネが唄われ、場内アナウンスがイタリア語で行われたりして、イタリア色一杯なのに、ここにも「コブラ」が見つかった。
2年前 アメリカで初めて見た 本物のアルミボディ製シェルビー・コブラCSXシリーズ
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「コンノート」という名前は日本では殆ど知る人がない。もし知っているとすれば1950年代の「F1」に興味のある人か、ミニチュアカーのコレクターくらいだろう。第2次大戦後1940年代の英国は緊縮財政を敷いていたから物資が欠乏し、車を売りたくても売る車がないような状態だった。コンノートはF1活動を始める前の1948年、「リー・フランシス」をベースにしたスポーツカー「L2」を6台作っている。F1(F2)には1952年から59年まで活動し最高位は1956年イタリアGPの3位止まりだが、小規模コンストラクターとしてマセラティーなどの大メーカーと互角?に戦ったから、イギリスでは人気が高かった。(ノンタイトルではGPで1度だけ優勝している)
シェルビーコブラ購入の基礎知識|本物と呼ばれるCSXシリーズとリプロダクションカーの違いは?
ある程度の速度が出ていれば、パワステの有無はそれほど気にならなくなるが、低速時にはかなり大変。重ステの経験の浅い方が、車庫入れとか縦列駐車とかは相当苦労するかもしれない。ちなみにブレーキも重い。こちらもパワーアシストなしである。
と、まあこんな感じだが、我慢して少し走ると…、素晴らしい世界が待っている。ドッドッド…という重低音。一点の濁りもない純粋なエンジンサウンド。このサウンドや振動には、何とも言えない快感がある。恐らく、この快感こそが、このクルマの魅力のひとつだろうし、ハンドリング等の操縦性には触れられないが、低い速度域でも、この重低音サウンドの魅力は別格と言わざるを得ない感じだった。
ヒストリックカーならではの各種ディテール。これほど美しいボディを持つクルマを筆者は知らない。こうしたヒストリックカーを今なお新車で買えるのはコブラだけである。しかもクオリティは現代車だけに、幌がないとか停めるところを気にするとか、そういった心配事はあるにせよ、メカニズム的には何ら心配はいらないから気兼ねなく走れるのが最大の魅力である。
Superformance MKⅢ-R ACコブラレプリカの完成度は本物以上!?
(写真01-4) 1962-68 AC Cobra 289 (2001-05 モンザ・サーキット)
「コブラ」は世界中に生息しており、イタリアでも発見した。こちらは完全なレース仕様で、たぶん後ろのトラックに書かれたレーシング・チームの車だろう。フェンダーの張出はマックスだ。
Superformance MKⅢ-R ACコブラレプリカの完成度は本物以上!
BタイプのF1バージョンが「4シリーズ」で、この車がイギリスで注目されるのは
トニー・ブルックスという歯科医を目指す若い新人ドライバーがマセラティを抑えて堂々優勝してしまったからだ。この年のグランプリ・タイトル戦に「コンノート」は第6戦「イギリスGP」に2台出走したが完走できなかった。最終第7戦が9月11日で終わり、そのあと10月23日シチリア島で開かれた「シラクーザGP」はノンタイトルではあったが、突然優勝が転がり込み、ここ数年啼かず飛ばずのイギリス・レーシング界にとっては、大相撲で日本人が優勝したような久々の大快挙だったに違いない。それを記念してこの車は「ザ・シラクーザ」と呼ばれる。
はうぃ いつもご視聴ありがとうございます!3000万円のスーパフォーマンス製シェルビーデイトナコブラ希少車 ..
「コブラ」は「ACエース」から進化したものだが、その証としてフェンダーの張出が状況に応じて何段階かに分かれて確認できる。最初の車に比べれば2番目とこの車(3番目)」は中程度といえる。フォード・フェアレーンから転用されたV8エンジンは「Cobra Powerd by Ford」のヘッドに変わっているが、大型のエアクリーナーは特にレース仕様とは思えない。
シェルビーコブラ 427S/C 50周年記念 限定50台中の3台 ..
内装はバーガンディ色のカスタムレザーシートを採用し、ビレットのダッシュパネルは特注品である。メーターや各スイッチ類などのレイアウト、4MTのシフトレバーの角度も忠実に再現され、現代車では決して見られないノンエアバッグの細身ウッドステアリングがクラシックカーを物語る。ちなみに、ステアリングはノンパワステである。
この車輌には、オプションとしてオイルクーラーやポリッシュされたサイドマフラー等が追加されている。正式な価格は不明だが、フェラーリの新車が買えてしまうくらいというから、おおよその予測はできるはずである。
しかも、故キャロルシェルビーが存命中にオーダーされた最後の車輌ということで、ボディに直筆のサインが記されている。これだけでも価値が数倍跳ね上がると言われているのである。
シェルビーコブラ427をちょっと動かしてみて、それをひと言で表せば「非日常そのもの」。まず、乗り降りからして大変(笑)。サイドマフラーが邪魔で乗降時に最初の試練がやってくる(走行後のサイドマフラーに触れたら確実に火傷する笑)。で、そもそものコクピットが狭い。これ、大柄なアメリカンが乗れるのだろうかと心配するほど狭い。逆に我々日本人にはタイトな感じでいいかもしれないが。
だが、次なる難儀がやってくる。まぁクラッチの重いこと。ストロークも長いから(やはり足の長いアメリカン向きか)、「これで渋滞ハマったら地獄だな、坂道発信できるかな」というくらいに重い。MTシフトも若干のコツがいる。4段なのがせめてもの救いか。
で、準備が出来たらエンジン始動。さすが新車だけあって、キーを捻るだけでエンジンは簡単にかかる。だが、轟音と振動たるや…、周りが一瞬で騒然となる。鬼のように重い踏力のクラッチを踏んでギアを1速に入れてスタートさせると、今度はハンドルの重さにビックリ。(予想通り?)ステアリングにパワーアシストが付いてない。